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2009年6月の8件の記事

2009年6月29日 (月)

パナソニックがFF式石油暖房機を探している

そろそろうちでもドアホンと電話を新しくする時期がきたのではと、パナソニックに電話をして、どこでもドアホンのカタログを取り寄せた。

開封して一番上に乗っていたのが、ナショナルFF式石油暖房機を探していますというチラシ。

数年前から、ときどき新聞の三面にリコールの広告が出ていたのを知っていたが、今回のチラシには1台5万円で引き取りたいとまで書いてある。「もしくは無料で給気ホース部の点検修理をさせていただきます」とも。
この製品で死亡事故が何件か起こっているらしい。

欠陥商品を作って売ってしまった責任は重いが、最後の1台まで探し続けるという態度に好感が持てた。

1985年から1992年にかけてのナショナルのFF式暖房機がある方はぜひチェックしてみてください。

母は、先週土曜日から4泊の予定でKIのショートスティ。
いない間に雑用をいろいろと片付けている。

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2009年6月22日 (月)

最近月曜を母の休日にした。

月曜ごとの母の在宅の日、午後に隣家の弟の家のお茶に呼んでもらえるし、その前に叔父の助手のTさんが母の相手をしに家に来てくれたりする。
最近は日曜日にもよくデイサービスに行ってもらっている。
日曜日叔父の家は無人になってしまう。tomoは日曜日には、ひとりでぼーっとしている母の様子に落ち着いていられなくなる。

今朝6時20分頃トイレ誘導したらすでに寝床で便失禁していた。母は自分では気が付いていなかった。不幸中のさいわい、大量だが、紙おむつの外には漏れていなかった。
前回の便失禁から9日目。介護保険の変更申請をしようと決めたとたんに便失禁がこのところなくなったと思っていたら、ちゃんとあった。3日から10日に一度ひどい便失禁というのが今後永遠に続くように思える。
今朝の便失禁はtomo遅刻のためかもしれない。5時45分なら多分無事故だっただろうと思う。

母の最近の変化。よいところもたくさんある。
足取りは今だふらふらでゆっくりで小股歩行でもあるし、足を引きずってもいるけれど、今にも転びそうで見ていられないといった状態ではなくなった。親指がしっかり床についている。シューフィッターの靴を上履きにしているおかげ。すばらしい効果だ。
巻爪がひどかった左足ももう平らに近い半円形になってきた。

今朝は朝食の後片づけを少ししてくれた。

夕方には小松菜を茹でてくれた。

必ず寝室へ持っていっていたハンドバッグを食堂に置き忘れていた。この現象に今夜初めて気が付いた。

食堂のカーテン中央の合わせ目に隙間ができるのを気にして、必ず洗濯ばさみで止めていたのに今日は何もしていなかった。
寝室の窓の開け閉てと戸締まりも最近はあまりしなくなった。

今朝は近所の美容院でカットもしてきた。行きはtomoが送って行き、帰りは美容師さんが家まで付き添ってきてくれた。前回は約3ヵ月前。ちょっと間があきすぎだった。

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2009年6月17日 (水)

ここ数日少し自主的行動が増えてきている。

今朝も声かけをしなくても朝食後にすっと立って歯磨きをしに行ったし、昨日か一昨日、そろそろトイレに行っておいたほうがいいからと自分で時間を見計らって行ったことがあった。多分、デイサービスがなかった一昨日ではなかったか。

先週土曜日の朝も、6時少し前にtomoが起こしに行ったらすでにトイレにいて、その時には無事にお通じを済ませていた。
あんたにばっかり世話かけちゃ悪いからなどと言う。喜んで今日は休みでもあることだしともう一度寝ることにしたら、2時間あまりののち、2回目の起き抜け前に寝床の中で便失禁となった。
母の場合は、起き抜けが一番危険な時間。目が覚めたとたんに腸の強烈な蠕動が始まるらしいのだ。

一日に2回目を覚ますのは便失禁の危険があってたいへんだから、6時前に起きたら、もう一度寝たりしないようにしようねとその朝一段落してから2人で決めたのだった。

この前日の金曜の夜、母は目覚まし時計に興味を示して、使いたいようなことを言っていたのだった。起こしてもらってばかりじゃしょうがないから、少しは自分で起きなくちゃと言っていた。
残念ながら、時刻合わせのネジが取れてしまっており、まだそのままになっている。

母が自分で目覚まし時計をセットして、自分で起きて、自分でトイレに行ってくれるということが起こればはすごく嬉しいが、便失禁が怖い。
目が覚めてからぐずぐずしていて、トイレにたどり着く前に便が出てしまうということが過去に何回もあったから。
そしてtomoのいないところで、ひとりで始末をしようとして周囲を汚されるのも願い下げである。

そういえば、今日は珍しく一日パッドを1枚も取替なかった。ということは一日中尿失禁しなかったということで、たいへん喜ばしい。

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みじん切りができなくなるのは認知症のサインかも

今、キュウリの薄切りが2ミリだったと書いたが、数年前から、母のみじん切りや薄切りがだんだん大きくなってきていた。
大きすぎてうまく切れなくなったということに自分で気が付くことがなかった。

何年も前、湯豆腐のネギがばかに大きいなあとか、きんぴらごぼうが割り箸みたいだとか思ったが、作ってもらっているのだし、思っただけで口には出さなかった。父がまだ健在だったころではなかったか。
認知症にかかると料理の味付けがおかしくなるというが、うちでは、徐々に分担割合がtomoに移ってきていたのでわからなかった。
味付け変化の前に包丁がうまくつかえなくなる場合もあるのだろうと思う。

味付けがおかしいとは、味覚が減退してしまっているので自分では気が付かないかも知れないが、みじん切りができなくなるというのは、目が確かなら自分でもわかるのではないか。

と、tomoは自分の場合を想定して認知症のサインを探している。
ただ、そのときにはすでに判断力も衰えていて、大きさの変化を認識することもできなくなるのかもしれないが。

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包丁を持ったのは半年ぶり?

トイレの中で何をしたらいいのかどんどんわからなくなっているようなのだが、、、
このところ食卓の自分の椅子で新聞を読んでいるのをときどき見かける。

今日夕方、図書館へ行ったついでに母の名前で婦人の友を1册借りてきてみた。
少し読んでいたみたい。
6時頃になって、なにか台所仕事をしたいというので、昨夜の残りのマカロニサラダにキュウリが不足していたので、薄切りして塩を振っておいてちょうだいと頼んだ。

今夜は昼間からカレーを作ってあったし、サラダはできていたしで、ちょうどtomoは車で本屋へ出かけようと思っていたところだった。
でも母が台所にいる間は気になってそばを離れることができない。ここしばらく包丁などもったことがないし。
ただ、一昨日の朝は珍しく朝食の後片づけをしてくれた。皿洗い機に入れないで、全部手洗いして、流し回りもきれいに片付けてくれた。

何事もなく無事切り終わって、ガラスのボールに入れてくれた。キュウリは2ミリぐらいの厚さだったけど予定通りマカロニサラダに追加した。
そうこうしているうちに急にお腹が空いてきて、今日は7時前から夕食となった。

食事が済んでから本屋へと思い、車に乗るのでビールのかわりに麦茶。
この季節、いつもは、小瓶を2人で夕食時の飲み物にする。母がコップに2センチぐらいで、残りがtomo。2人ともオンザロックなので、小瓶でもなかなかなくならない。たまに母がまた2センチぐらいお代わりすることもある。

せっかくビールを我慢したのに、食事が済むと本屋は明日でもいいという気になり、行かずじまい。

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2009年6月13日 (土)

歩行はなんとか持ち直しそう

デイでの車椅子使用が二日連続してはらはらしたが、その後は1日だけ。最近では回復してきた様子なので胸をなで下ろしている。
とは言ってもやはり家では椅子に腰掛けていてほとんど動かない。
ただ、どうしても必要があって歩くとき、相変わらずつかまり歩きでヨタヨタはしているが以前のように今にも転びそうで危ないといった印象が少なくなってきた。

母の足の爪も今夜久しぶりに見たが、巻爪が一段と回復して半円に近くなってきていた。
靴底調整で、歩行時に浮いていた親指がちゃんと床に付くようになってきたのだと思われる。

母の体重が1年余りで6キロも増えた理由も最近わかった。
食べ過ぎなのではなく、運動量が減ったから。

tomoがすべての家事を担当するようになってから、母にも私たちと同じだけの量を盛りつけるように気を配ってきたが、それが間違いだったと気が付いたのでいくらか少なめにするようにした。
効果はさっそくあらわれて、この頃1キロ余り少なくなったように思える。
変形性膝関節症の本に目を通したら、体重調節も大切とあった。言われてみれば当たり前で、支える荷重が軽くなればなるほどラクになるはず。
tomoも付きあって食事の量を少なめにしているので、こちらにも御利益があり、やはり1キロあまり減ったように思える。

排泄回りは総ダウン。トイレではtomoがドアの外でなく中で付きあわされることが多くなった。
トイレでの動作をひとつずつ質問してくる。
tomoがついていないときには必ずパッドを付け忘れ、悪くすると紙パンツもなくなっていることがある。

便失禁も日常のこととなり、予防するためにtomoも5時45分ぴたりの時間に起きられるようになった。

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2009年6月 9日 (火)

朝は母、晩は猫のだれかがソソウ

母の便失禁は、治まることなく今後もずっと続くらしいとわかってきた。

第3次便失禁は、およそ3週間のお休みが続き、治まったかと思い始めたら、そうは問屋が卸さなかった。以後3日から10日の間隔で長期間の休みなく、定期的に続いている。

普通の人なら、わずかな便が不如意に出てしまっただけで大騒ぎをするところだが、母の場合は固形のものがおむつの取れていない2歳児のように出てしまう。
便失禁に対する態度も2歳児のように無邪気。
大きさは今のところ、ピンポン玉から野球ボール大。
ただ、最近は専門外来で処方してもらった便の固さを調整するポリフル(コロネル錠)のおかげで、後始末がぐっと簡単になった。

毎朝、最近では5時45分に携帯アラームを鳴らし、tomoがすみやかに母を起こしてトイレに誘導できるとたいていは、無事に定期便のお通じがある。
5時半では、空振りが続いたので15分遅くしたら、ヒットとなることが多くなった。

空振りだと7時頃にまた同じことを繰り返さなければならず、母もtomoも苦行が一日に2回となってしまう。
母は足の筋肉も弱っている上に変形性膝関節症の末期なので、布団から立ち上がるのにはたいへんな苦労がつきまとう。特に目覚めてすぐには、力が入りにくいようなのだが、ぐずぐずしていて便失禁されてはたまらないので、叱咤激励して起こさなくてはならない。

今朝はtomoが寝過ごして、トイレ誘導が6時半だったので間に合わなかった。
母は寝たままで便失禁していて、気が付いていないようだった。

夕方、母の寝室である座敷に行くと肌掛けにしている母の綿毛布の上に猫の便1回分とタタミに排尿のシミ。
人間のブリストルスケールでいうと、タイプ4.5ぐらいの始末のしやすいものであったが、すぐに始末する気になれず。

気が付いたのが夕食のしたくを始めるところでもあったし、、、。

ある程度乾くのを待ったほうがいいような気もして、座敷の襖と廊下側の障子に立ち入り禁止の張り紙をした。この上誰かにうっかり間違えて踏まれたりしたら目もあてられないから、誰も入れないように厳重に。

夜になって母が寝る時間になったとき、なにもしみ抜きをして洗濯しなくても、捨てればよいのだとやっと気が付いた。
ほかにも肌掛けはたくさんある。
一番きれいな綿毛布だったけれど、もったいないという気持ちはしなかった。

それまでため息が出ていたけれど、急に元気になってタタミのシミのほうの掃除と消毒はあっというまに済ませることができた。

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2009年6月 2日 (火)

デイサービスで車椅子

Yさま 09/06/02 tomo
締切がすぎてしまったわ、、、。ごめんなさい。
なんだか遊園地みたいに楽しそうな工場ね、、。
残念ですが、もろもろのことで時間がなくなり欠席です。
早くリタイアして優雅な生活になりたいのはやまやまですがなかなか、、、、。

変形性膝関節症末期で、歩行がおぼつかなくなってきた母が、先週O脚矯正用の靴を履き始めたのだけど、吉とでるか凶と出るかはらはらしているところ。

これまで足の親指に力を入れないで歩いていたので、ひどい巻爪になっていたのが履き始めて数日で改善の徴候が見えてきたのはいいのだけれど、昨日から今にも転びそうな歩き方になってきて、今日はとうとうデイサービスで危ないからと車椅子に乗せられてしまいました。

家に帰ってからも支えていないとくずおれそう。
シューフィッターに電話したら、いままで使わない筋肉が使いすぎで疲れているのだろうとのことでした。
やはり靴に関係がありそう。
私から見ていると座ってばかりでほとんど歩いてなどいないのだけど。
結果報告は次回にね。

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デイサービスでの上履き用に用意した靴を家に帰ってからも底を洗って毎日履いていたのは、やりすぎだったとN氏は言う。
くだんの靴を履いている方がラクだと母も言うし、しっかり歩いているように見えたのだ。
特別にタタミの上も靴のままでいいことにしていたのに。

N氏の言葉にしたがってさっそく家では靴を履かないでいることにした。

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