2009年7月10日 (金)

88才 母の現状

介護保険変更申請メモより

■母Kの認知症が進行しました
排泄廻りを主に認知度がますます下がってきました。
その上、大小失禁が日常のこととなり、排泄ケアが自分ではほとんどできなくなりましたので、ひとりで自宅にいられるのは1・2時間が限度になりました。

物忘れが増え、同じ話、わけのわからない話を繰り返すことも増えました。
また、歩行困難が進行しました。今にも転びそうな様子でやっと伝い歩きをし、ときどきバランスをくずして尻餅をつきます。シルバーカーを押して徒歩で外出することはほとんどなくなりました。
起き抜けの排便、洗顔、着替え、歯磨き、お化粧などを自発的にはしないので、何度も声をかけ、一部手を手を貸すとやっとします。
じっと椅子に掛けている時間が長くなり、何度も促して手を貸さないと次の行動に移りません。
入浴は、週に2・3回デイサービスで入れてもらっています。
起き抜けの便失禁は、後述のように毎日朝早くトイレ誘導をして防止していますが、今のところ連日から10日前後の間隔で続いており、おさまりそうにありません。

■尿失禁について
日中、尿意を感じて自分でトイレに行くこともありますが、一連の動作を忘れているので、見守りと介助が欠かせません。
一人でトイレから出て来たときには、汚れたパッドと紙パンツを外してしまい、ズボンの下になにも着けていないことが多くあり、これを見逃さないようにしないと衣類、椅子、床を尿失禁で汚されます。
汚れたパッド類を古新聞に包むところまでは、声かけをして自分でしてもらっていますが、その後の始末はすべて介助者(家では主に長女)がします。
失禁で衣類が汚れたときには、介助者が着替えを手渡して、手伝います。
夜間は熟睡して一度もトイレに起きません。そのために就寝中に尿失禁を毎日大量にします。(現在は紙パンツの中に吸収量1000ccの夜用尿取りパッドを重ねて使っています)
毎日就寝前に、夜用パッドを手渡して正しく着けたことを確認しないと翌朝衣類全部と寝具の大洗濯になります。

■便失禁について
Kの排便は主に毎朝起き抜け時にあり、便失禁もこのときがほとんどです。便失禁はこの3月以来、少量であったことはなく毎回多量(少ないときでも鶏卵大)です。
4月に総合病院の便失禁専門の外来を受診したところ、無意識に締める肛門の筋肉がかなり弱っているという診断でした。この病院で便性改善のためのコロネル錠を処方してもらい服用しています。

便失禁防止のために、毎朝5時45分に介助者がKを起こしてトイレに誘導します。するとたいていは正常排便がありますが、時により、すでに寝床の中で便失禁をしています。
Kは、自分では、便失禁をしたことにほとんどの場合気が付きません。
朝目覚めるとすぐに腸の蠕動運動が始まるようです。
ぐずぐずと寝床にいるうちに便が出てしまいますので、起こしたら一刻も早くトイレに行ってもらわなくてはなりません。このために「起き抜けには力が入らないのよ」と言うKに手を貸し無理矢理立ち上がらせて、トイレまで転ばないように支えて歩いてもらいます。
このときトイレにたどり着く前に便が出てしまうこともあります。
トイレでは、便失禁していないことを確認してから、下着を下ろして便座に座ってもらうところまですべて介助します。

便失禁をしていたときには、Kに汚れを拡大されないように注意して、すべて介助者が清拭をし、汚物を始末します。
最近では床まで汚すことは滅多になくなりましたが、状況により、便座やKの太股が汚れますので、すべてをきれいにするには1時間以上かかることもあります。

起こすのが6時を過ぎるとすでに便失禁をしている可能性がぐんと高くなります。
ときにより、朝の排便が正常にあってもその数時間後にまた便失禁が起こることもあります。また、一日に複数回のこともあります。

■排泄廻りの認知度が格段に下がりました。
最近Kのトイレ滞在時間は、事故がなくても早くて15分、遅いと30分以上になりました。
便器洗浄、シャワーでのお尻洗浄、乾燥などその都度介助者がついていていちいち指示しなくてはなりません。
ときには、「ここで(排尿、排便を)していいの?」と便座に座ったKに質問されることもあります。
トイレ使用後の手洗い、ドアを閉めること、電気のスイッチを切ることもその都度言わないと自分からはしません。
終了後便器の蓋上にじっと座っていて、長時間出てこないこともあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 8日 (水)

夜中トイレに立った

ご飯よと呼んだら、下半身紙パンツだけというスタイルで食堂に出て来て椅子に座った。

寝室に置いた椅子に座っていつまでも下着のままでいたので、すぐそばの乱れ籠にあったTシャツを「これにする?」とtomoが手渡したらやっと着た。
ズボンは「昨日のと同じでいいわね」と寝床のそばにたたんであったのを着ることになっていたのに。

tomoが一度しか声をかけなかったので、歯磨きとお化粧はしないでデイサービスに出かけた。
最近珍しくない朝の光景。

なにもかも次の行動を促さないといつまでもじーっと同じ椅子に座っている。トイレからも出てこないことが多い。

このところ小股歩行が目立つ。歩きにくそう。

昨晩は珍しく夜中にトイレに立ったらしかった。朝になったら夜用パッドが昼用になっており、使用済みパッドをくるんだ新聞包みが増えていた。
昨夕デイサービスから帰宅後、今朝出かけるまでの新聞包みは数は多かったが、ずしりと重いものはなかった。昨年の秋就寝中に大量尿失禁するようになって以来はじめてなのではなかろうか。
ほとんど汚れていない物もあったように思えた。

日中もデイサービスに持参している3枚の昼用パッドが減っていないことが最近ときどきある。トイレ誘導がうまくいっているのだと思える。
便失禁無事5日目。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

薬はたいへん少なくなった

服用中の薬(09年07月07日現在)
■毎日の内服薬2種類(すべて食後)
アルファロール0.25μg 朝夕各1錠(骨粗鬆症改善薬)
コロネル錠500mg(朝2 昼1 晩2)

■週に1回朝食前30分に服用
ボナロン錠35mg(骨粗鬆症薬)

アリセプトは6月15日間で飲んだが効いていると思えないのでお休み。
フェルガード100Mハーフ 1包/日は今週からしばらくお休み。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

洗濯物を干していて尻餅

排泄廻りばかりでなく、いろいろなことができなくなっている。
唯一の母の仕事だった戸締まりもあまりしなくなってきた。してあっても不完全。

それにかけ声を何度もかけないと次の行動になかなか移らない。トイレからはなかなか出てこず、ほうっておくと、便座に腰を下ろしたまま30分でもじっとしている。
聞くと「休んでいるのよ」と言う。
着替えも手渡して促さないとなかなか進まない。やっと着替えても椅子に腰をおろしていつまでもそのまま「休んでいる」

でも洗濯物干しは、やり始めれば上手にできる。

今朝3回ほど声をかけて、タオルを干してもらっていたら、どすんという音がしたので、びっくりして振り返ったら床に尻餅をついていた。
台所にいたtomoが話しかけたので、振り向こうとしてバランスをくずしたらしい。

食器戸棚にぶつけた右上腕が少し痛いと言っていただけで、他はなんともなかったようだった。

くわばらくわばら。
矯正靴のおかげで親指を床に着けて歩くようになってから、ずいぶんと危なげないように見えるが油断は禁物だ。

バランスセンサーの故障は直っても、信号を受け取ってコントロールするの脳のどこかがエラーを起こしているのだろうと思う。

フェルガード100Mハーフを数日前まで、一日に1包飲んでいたが少しも効いているように思えないので、しばらく休むことにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月29日 (月)

パナソニックがFF式石油暖房機を探している

そろそろうちでもドアホンと電話を新しくする時期がきたのではと、パナソニックに電話をして、どこでもドアホンのカタログを取り寄せた。

開封して一番上に乗っていたのが、ナショナルFF式石油暖房機を探していますというチラシ。

数年前から、ときどき新聞の三面にリコールの広告が出ていたのを知っていたが、今回のチラシには1台5万円で引き取りたいとまで書いてある。「もしくは無料で給気ホース部の点検修理をさせていただきます」とも。
この製品で死亡事故が何件か起こっているらしい。

欠陥商品を作って売ってしまった責任は重いが、最後の1台まで探し続けるという態度に好感が持てた。

1985年から1992年にかけてのナショナルのFF式暖房機がある方はぜひチェックしてみてください。

母は、先週土曜日から4泊の予定でKIのショートスティ。
いない間に雑用をいろいろと片付けている。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年6月22日 (月)

最近月曜を母の休日にした。

月曜ごとの母の在宅の日、午後に隣家の弟の家のお茶に呼んでもらえるし、その前に叔父の助手のTさんが母の相手をしに家に来てくれたりする。
最近は日曜日にもよくデイサービスに行ってもらっている。
日曜日叔父の家は無人になってしまう。tomoは日曜日には、ひとりでぼーっとしている母の様子に落ち着いていられなくなる。

今朝6時20分頃トイレ誘導したらすでに寝床で便失禁していた。母は自分では気が付いていなかった。不幸中のさいわい、大量だが、紙おむつの外には漏れていなかった。
前回の便失禁から9日目。介護保険の変更申請をしようと決めたとたんに便失禁がこのところなくなったと思っていたら、ちゃんとあった。3日から10日に一度ひどい便失禁というのが今後永遠に続くように思える。
今朝の便失禁はtomo遅刻のためかもしれない。5時45分なら多分無事故だっただろうと思う。

母の最近の変化。よいところもたくさんある。
足取りは今だふらふらでゆっくりで小股歩行でもあるし、足を引きずってもいるけれど、今にも転びそうで見ていられないといった状態ではなくなった。親指がしっかり床についている。シューフィッターの靴を上履きにしているおかげ。すばらしい効果だ。
巻爪がひどかった左足ももう平らに近い半円形になってきた。

今朝は朝食の後片づけを少ししてくれた。

夕方には小松菜を茹でてくれた。

必ず寝室へ持っていっていたハンドバッグを食堂に置き忘れていた。この現象に今夜初めて気が付いた。

食堂のカーテン中央の合わせ目に隙間ができるのを気にして、必ず洗濯ばさみで止めていたのに今日は何もしていなかった。
寝室の窓の開け閉てと戸締まりも最近はあまりしなくなった。

今朝は近所の美容院でカットもしてきた。行きはtomoが送って行き、帰りは美容師さんが家まで付き添ってきてくれた。前回は約3ヵ月前。ちょっと間があきすぎだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月17日 (水)

ここ数日少し自主的行動が増えてきている。

今朝も声かけをしなくても朝食後にすっと立って歯磨きをしに行ったし、昨日か一昨日、そろそろトイレに行っておいたほうがいいからと自分で時間を見計らって行ったことがあった。多分、デイサービスがなかった一昨日ではなかったか。

先週土曜日の朝も、6時少し前にtomoが起こしに行ったらすでにトイレにいて、その時には無事にお通じを済ませていた。
あんたにばっかり世話かけちゃ悪いからなどと言う。喜んで今日は休みでもあることだしともう一度寝ることにしたら、2時間あまりののち、2回目の起き抜け前に寝床の中で便失禁となった。
母の場合は、起き抜けが一番危険な時間。目が覚めたとたんに腸の強烈な蠕動が始まるらしいのだ。

一日に2回目を覚ますのは便失禁の危険があってたいへんだから、6時前に起きたら、もう一度寝たりしないようにしようねとその朝一段落してから2人で決めたのだった。

この前日の金曜の夜、母は目覚まし時計に興味を示して、使いたいようなことを言っていたのだった。起こしてもらってばかりじゃしょうがないから、少しは自分で起きなくちゃと言っていた。
残念ながら、時刻合わせのネジが取れてしまっており、まだそのままになっている。

母が自分で目覚まし時計をセットして、自分で起きて、自分でトイレに行ってくれるということが起こればはすごく嬉しいが、便失禁が怖い。
目が覚めてからぐずぐずしていて、トイレにたどり着く前に便が出てしまうということが過去に何回もあったから。
そしてtomoのいないところで、ひとりで始末をしようとして周囲を汚されるのも願い下げである。

そういえば、今日は珍しく一日パッドを1枚も取替なかった。ということは一日中尿失禁しなかったということで、たいへん喜ばしい。

| | コメント (0)

みじん切りができなくなるのは認知症のサインかも

今、キュウリの薄切りが2ミリだったと書いたが、数年前から、母のみじん切りや薄切りがだんだん大きくなってきていた。
大きすぎてうまく切れなくなったということに自分で気が付くことがなかった。

何年も前、湯豆腐のネギがばかに大きいなあとか、きんぴらごぼうが割り箸みたいだとか思ったが、作ってもらっているのだし、思っただけで口には出さなかった。父がまだ健在だったころではなかったか。
認知症にかかると料理の味付けがおかしくなるというが、うちでは、徐々に分担割合がtomoに移ってきていたのでわからなかった。
味付け変化の前に包丁がうまくつかえなくなる場合もあるのだろうと思う。

味付けがおかしいとは、味覚が減退してしまっているので自分では気が付かないかも知れないが、みじん切りができなくなるというのは、目が確かなら自分でもわかるのではないか。

と、tomoは自分の場合を想定して認知症のサインを探している。
ただ、そのときにはすでに判断力も衰えていて、大きさの変化を認識することもできなくなるのかもしれないが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

包丁を持ったのは半年ぶり?

トイレの中で何をしたらいいのかどんどんわからなくなっているようなのだが、、、
このところ食卓の自分の椅子で新聞を読んでいるのをときどき見かける。

今日夕方、図書館へ行ったついでに母の名前で婦人の友を1册借りてきてみた。
少し読んでいたみたい。
6時頃になって、なにか台所仕事をしたいというので、昨夜の残りのマカロニサラダにキュウリが不足していたので、薄切りして塩を振っておいてちょうだいと頼んだ。

今夜は昼間からカレーを作ってあったし、サラダはできていたしで、ちょうどtomoは車で本屋へ出かけようと思っていたところだった。
でも母が台所にいる間は気になってそばを離れることができない。ここしばらく包丁などもったことがないし。
ただ、一昨日の朝は珍しく朝食の後片づけをしてくれた。皿洗い機に入れないで、全部手洗いして、流し回りもきれいに片付けてくれた。

何事もなく無事切り終わって、ガラスのボールに入れてくれた。キュウリは2ミリぐらいの厚さだったけど予定通りマカロニサラダに追加した。
そうこうしているうちに急にお腹が空いてきて、今日は7時前から夕食となった。

食事が済んでから本屋へと思い、車に乗るのでビールのかわりに麦茶。
この季節、いつもは、小瓶を2人で夕食時の飲み物にする。母がコップに2センチぐらいで、残りがtomo。2人ともオンザロックなので、小瓶でもなかなかなくならない。たまに母がまた2センチぐらいお代わりすることもある。

せっかくビールを我慢したのに、食事が済むと本屋は明日でもいいという気になり、行かずじまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月13日 (土)

歩行はなんとか持ち直しそう

デイでの車椅子使用が二日連続してはらはらしたが、その後は1日だけ。最近では回復してきた様子なので胸をなで下ろしている。
とは言ってもやはり家では椅子に腰掛けていてほとんど動かない。
ただ、どうしても必要があって歩くとき、相変わらずつかまり歩きでヨタヨタはしているが以前のように今にも転びそうで危ないといった印象が少なくなってきた。

母の足の爪も今夜久しぶりに見たが、巻爪が一段と回復して半円に近くなってきていた。
靴底調整で、歩行時に浮いていた親指がちゃんと床に付くようになってきたのだと思われる。

母の体重が1年余りで6キロも増えた理由も最近わかった。
食べ過ぎなのではなく、運動量が減ったから。

tomoがすべての家事を担当するようになってから、母にも私たちと同じだけの量を盛りつけるように気を配ってきたが、それが間違いだったと気が付いたのでいくらか少なめにするようにした。
効果はさっそくあらわれて、この頃1キロ余り少なくなったように思える。
変形性膝関節症の本に目を通したら、体重調節も大切とあった。言われてみれば当たり前で、支える荷重が軽くなればなるほどラクになるはず。
tomoも付きあって食事の量を少なめにしているので、こちらにも御利益があり、やはり1キロあまり減ったように思える。

排泄回りは総ダウン。トイレではtomoがドアの外でなく中で付きあわされることが多くなった。
トイレでの動作をひとつずつ質問してくる。
tomoがついていないときには必ずパッドを付け忘れ、悪くすると紙パンツもなくなっていることがある。

便失禁も日常のこととなり、予防するためにtomoも5時45分ぴたりの時間に起きられるようになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«朝は母、晩は猫のだれかがソソウ